綴る

平成から令和へと歩を進めました。

それに伴う胸を打つ一連の行事のなかで、とくに凝視したのは、平成の天皇が「退位礼当日賢所大前の儀」で「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」をご着用になったお姿です。
重要な儀式で天皇だけが着用できる古式装束の色「黄櫨染」は、ウルシ科の櫨(はぜ)で黄色と熱帯地方原産の蘇芳(すおう)で赤を掛け合わせて、赤みのある落ちついた黄色を染めあげます。
当然のことながら、その時どきで色は多少異なるようですが、この度の「黄櫨染」は長きに渡って継承されてきたという背景も加味され、重みのある尊い色と拝見しました。
「日本の伝統」「受け継ぐこと」というものを感じ得ることができた元号の終わりと始まりでした。

話は変わりまして、4月から再び、お茶の稽古に通い始めました。
自分の習い事に時間は割けないと思いながらも、以前に挫折した思い残しがあって、50代が見えはじめた今しかないと門を叩いたのです。

わたしの幼馴染の親戚が近所に居るとは知っていたものの、その方がお茶の先生であることを知ったのは今年に入ってのことでした。
御歳が88歳の先生は、「お茶の稽古をするのは90歳まで。それまでできるだけあなたにお教えするわ」とおっしゃってくださいました(わたしはできるだけ長く教えていただきたいけれど)。
14歳からお茶をはじめたという先生の所作があまりに自然体で、先生がわたしと1対1で稽古してくださる時間は、思っていた以上に貴重です。

京都に居た20代の終わりにお茶を習いはじめたものの自信も余裕もなく、稽古は徐々に負担となっていき鎌倉へ移るとともに離れてしまいました。
当時、覚えなくてはいけないとプレッシャーに感じていたお茶の所作は、いまでは動きの1つ1つには理由があり、それを身体に染み込ませている染織と重ねることができます。
そして、「お茶を点てる者も、お茶を点てる道具の1つとなりなさい」という先生の教えは、じつに納得できるものでした。
自らも道具の1つとなり、無駄のないしなやかな動きの積み重ねのなかで、美しい織物を生む。
それは、わたしが自分に課している修行なのです。

染織の道とつながる茶道に、学ぶべき時はわたしにとっては今だったのかなと思えます。
学びの一服は、とても美味しいです。

Date 2019-05-02 | Posted in 綴る |