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春の香り 彩り はじまり

3月の終わりころから光がかわりました。
やわらかい日ざしに、これまで澄んだ空とともに鮮明に見えていた八ヶ岳も薄いベールを纏っているようです。


雪が降っては積もり少し解けては凍る、そんなくりかえしの寒い冬に織っていた反物は、肉桂(シナモン)で染めたベージュから白木蓮染めのオフホワイトに続くグラデーションのなかに、緯絣(よこがすり)を配したものでした。
日本の伝統色のなかには、丁子を煎じた液で染めた淡い赤茶色の「香色」がありますが、同じような色の肉桂で染めあげた糸は、しばらくシナモンの香りが残っているくらい香る色なんです。
そんな色糸を用いて、厳しい冬に織りながら思い描いていたのは「春」でした。


反物を織りあげて春を迎えた今、あちらこちらで彩りがあらわれはじめています。
赤ちゃんのような若葉や草花のふんわりとした淡い色が、窓のそとを眺めていても、歩いていても、車を走らせていても目に映り、なんだかわたしまで軽やかになります。


最近は娘の通う保育園の行事が続いていました。
3月末に行われた卒園・修了式では、娘のお世話をしてくれたり、一緒に遊んでくれた年長クラスの子どもたちを見送りました。

また、16年間この保育園の運営に携わり子どもたちを見守ってくださっていた、わたしより少し歳上の保育士の先生が、ご家族の介護のために退職し、関西へ引越されることになりました。
「自分としてはもう少し続けたかった」という先生の本音に胸を打たれました。
ときとして誰かのために選択しなくてはならないこともあり、その決断は大変なことだったと察します。
この春からはじまる生活があたたかく心が満たされますよう、またいつの日か子どもたちがいる現場に戻ってきてほしいと願っています。

そしてもう一人、昨春に入園した娘と同時に着任された若い女性の先生がいます。
大学を卒業したばかりという彼女は、昨年の入園式で緊張のせいか表情もかたく声も小さくて「大丈夫だろうか…」とつい心配になったものでした。
そんな懸念をよそに「◯◯せんせいがおりがみつくってくれた」「◯◯せんせいとおさんぽした」と彼女を親しんで一緒に過ごしている様子を、娘が話せる数少ない言葉でよく聴かせてくれました。
修了式のとき、その若い先生がこの一年間を振り返った話をして、感極まり涙していました。
はじめてのことばかりに、プレッシャーもあったことでしょう。

そして4月に入り、入園・進級式を迎え、新しいクラスの子ども一人ひとりの名前をはつらつと呼びあげる、自信に満ちあふれた彼女の姿がありました。
一年まえの様子とはまったく違います。たしかに季節は巡ったのだと思いました。


日本の自然に身を寄り添わせていると、四季は人が生きていく周期と重なります。
植物の香りが立ち、彩りがあらわれる春は、人にとってもなにかしらのはじまりを暗示させるのでした。

2015年4月7日 | Posted in 綴る |