近所のブックス&カフェに行き、用事をすませ急いで帰ろうとしたとき、なんだか声をかけられたかのように、ひときわキラッと輝いて見えた本がありました。
マリ・ゲヴェルス著 宮林寛訳 『フランドルの四季暦』河出書房新社。
作家の梨木香歩さんが、帯を書いていらっしゃったこともあるかもしれません。
このごろはお目当ての本をインターネットで購入してばかりいましたので、思いがけず出合えた一冊をわくわくしながら読みはじめました。
1883年生まれのベルギー仏語文学を代表する作家 マリ・ゲヴェルス。
『フランドルの四季暦』は、彼女が生涯のほとんどを過ごしたベルギー・フランドル地方を舞台に、四季折々の美しく、ときに厳しい自然のなかでの実体験や語り伝えられた村人の暮らしが書き綴られたものです。
時折、わたしの娘が空想と現実のあいだを漂いながら発する言葉に聞き惚れてしまうことがあります。
幼女のどこまでも純粋で、鋭さと荒っぽさもあって、でもとても詩的で美しい…
まるで地霊のようなマリ・ゲヴェルスがフランドルの語り部となっているこの本とどこか重なるようにも思いました。
さらに、マリ・ゲヴェルス作品のなかでもとくに人気が高く、1938年にベルギーで初版が刊行されてから
ロングセラーにもかかわらず、これまで邦訳されることのなかった『フランドルの四季暦』。
それを翻訳しご紹介くださった宮林寛さんの出版までのエピソードをあとがきで知り、造園家の大野八生さんによる文中に出てくる植物の挿絵も、マリ・ゲヴェルスの世界にやさしく寄り添っていて、いっそう手にとって読むことができたよろこびを感じれた一冊でした。
マリ・ゲヴェルスは何度も改稿して、『フランドルの四季暦』の完成までに二十年以上を費やし、「…この本を、私は一生かけて書き継いでいくことになるでしょう。」という言葉で締めくくっています。
わかる気がします。季節は巡るけれども、決して同じことがくり返されるわけではないのです。
12月―こちら八ヶ岳の麓にも雪が降りました。
頬にあたる北風が痛いくらいに冷たく、陰を帯びた寒さのなかで制限される暮らし。
覚悟とひらき直り、両方が必要な季節です。
けれども、だからこそできること、見える景色、生まてくる色や織物、言葉…があります。
いまを、またとないこの時を、味わいたいと思います。
本文中にある「春は公平です」というマリ・ゲヴェルスの言葉を信じて。